時は戦国、世は地獄。それはもう昔のこと。これは、そんな時代のとある二人組みの一エピソードだ。

 東海道、五街道の一つで、参勤交代等で使われる以外に、この時代では伊勢神宮を参詣しに行く旅人の多くも使用していた。その東海道のとある場所――周りが木で囲まれている林道に、二人の旅人が歩いていた。一人は高そうな着物を着た背の低い少女。もう一人はその従者と思われる少年だ。
 二人組みのうち一人――少女の方が言った。
「のう、与七。宿はまだかの? わらわはもう疲れたのじゃ」
 二人組みのもう一人――与七と呼ばれた少年は、
「さっき休憩したところじゃないですか」
 そう言いながら、地図を開く。
「う〜ん、まだですね。というか、こんなすぐに休憩してたら夜までに着きませんよ、菜々さま?」
「もう疲れたのじゃ〜。休みたいのじゃ〜。まったく、なんでわらわがこんなに歩かなきゃいかんのじゃ!」
 菜々はそう言って、体全体でイヤイヤとポーズした。
(困ったなぁ)
 与七はそう思いつつも、道端で休憩するわけにもいかないので、菜々の説得を試みることにした。
「いや、なんでって、お伊勢参りしたい! なんて言いだしたのは菜々さまじゃないですか〜」
「うむ! 伊勢神宮参詣は庶民の夢じゃからの。でももう歩きたくないのじゃ!」
「庶民って……。江戸有数の呉服屋の娘が庶民な訳ないでしょう。次の茶屋についたら休憩しますからもう少し辛抱してくださいね」
「イヤじゃ! い・ま・す・ぐ・に、休みたいのじゃ」
 そういって、菜々はまた全身でイヤイヤとポーズした。
 与七は、そんなことしてるとより疲れるんじゃないのかな?と思うのだが、菜々は一向にやめる気配は無い。
(なにか食べれば少しは機嫌直るかな?)
 与七はそう思い、前の宿屋で買っておいたおにぎりを渡そうと思ったが、それを入れた風呂敷を菜々が自分で持つ、と言って与七から取ったことを思い出し菜々を見るが、菜々がそれらしいものを持っているようには見えなかった。
(まさか)
 と思い、与七は菜々に聞いてみた。
「え〜と、菜々さま? 風呂敷は……?」
 すると菜々は
「風呂敷? 何のことじゃ?」
 と言って、?マークをうかべた。
 それを聞いて与七は理解した。最悪の状況だということを。
 風呂敷に入っているおにぎりなどはどうでもいい。そんなものは今絶対に必要なものではないし、次の宿屋でまた買えばいいものだ。替えの衣服もまたどこかで買えばいい。
 しかし、風呂敷には旅費も入っていたのだ。もちろん与七も風呂敷に旅費のすべてを入れていたわけではない。しかし、これから旅を続けるだけの金額は持っていなかった。
「菜々さま、引き返しましょう」
与七がそう言うと、菜々は怪訝な顔をした。どうして引き返すのだ、と言いたそうだ。風呂敷に旅費のほとんどが入っていたことを知らないのだろう。
 与七がそのことを説明すると、菜々も流石に血相を変えて
「も、戻るぞ! 今すぐ戻れば見つかるかも知れぬ」
 と言い、来た道へ走り出した。その菜々の態度の変わりように
(まだ体力余ってるじゃないですか)
 と与七はこんな状況のわりに冷静にそう思い、菜々を追いかけ走り出した。


 風呂敷を取りに戻っている途中、何度か人にすれ違ったが、その多くはギョッとして引いていたが菜々はそんなものを見ていない。どうしたのか、と尋ねてくる人もいたが、菜々にはそれに答える余裕は無かった。自分が風呂敷を忘れたせいで、旅費がなくなってしまう。菜々の頭の中はそんな考えでいっぱいだった。
(もし風呂敷が見つからなかったらどうしよう)
 菜々がそんなことを思いながら走っていると、前方から衝撃を受けて倒れそうになり、彼女のすぐ後ろを走っていた与七に抱きとめられた。
「菜々さま、大丈夫ですか!?」
 与七のそんな声を聞き、「大丈夫なのじゃ」と答えている途中、自分の正面で男の人がしりもちを着いているのを見て、菜々は自分がその人にぶつかったのだ、ということを理解し、言った。
「す、すまぬ。急いでいたものでな。大丈夫かの?」
 男は「大丈夫です。こちらこそ急いでいたので」と言いながら立ち上がり、菜々たちを見て、目を見開き、
「あぁ、ちょうどあなたたちを探してたんです!」
 そう言って、彼の持っている風呂敷を差し出した。それは菜々が忘れていった風呂敷だった。菜々は目を見開き、
「そ、その風呂敷どうしたのじゃ!?」
 と言った。


 話を聞いてみると、男は一つ前の茶屋の店員であり、菜々たちが風呂敷を忘れていき、その中に旅費が入っていることに気がつき、あわてて後を追ったらしい。
「では、道中お気をつけて」
 そう言って、男は来た道を戻っていった。
 その姿が見えなくなった頃に菜々が言った。
「与七、迷惑かけて悪かったのじゃ」
「いえ、別にいいですよ。しっかり見てなかった私も悪いですし。……それにしても、親切なしともいるものですね」
菜々はそれを聞いて心底から言う。
「まったくじゃの。あの人には感謝してもしきれぬのじゃ」
 その時、菜々の腹からグ〜、という音がした。それを聞いた与七が。
「……おなか、すいたみたいですね。おにぎりたべます?」
 と聞くと 
「食べるのじゃ!」
 と菜々が間髪いれずに答えた。
「それじゃ、この辺で少し休憩にしましょうか、走って疲れたでしょう?」
「うむ、もうへとへとなのじゃ」
 菜々はそういって道に座り込んだ。与七は菜々におにぎりを渡し、言う。
「でも、少しだけですよ。ホントに夜までに宿に着かなくなっちゃいますから。つかなかったら、野宿ですよ?」
 すると、菜々はあわてて
「の、野宿はイヤなのじゃ! すぐに出発するのじゃ! おにぎりは歩きながら食べるのじゃ」
 そう言って、歩き出した。それを見た与七は苦笑しながら菜々についていくのだった。

 彼らの旅は続く。



あとがき



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